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AIスロップのすゝめ ― 2025年「今年の単語」と私たちはどう向き合うべきか

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目次

ネコが料理する動画、エビの足が生えたキリスト画像——生成AIが量産するこうした奇妙なコンテンツに、2025年の世界は「AIスロップ」という名を与えた。Merriam-WebsterとMacquarieという英語圏を代表する2大辞書が揃って年間最優秀語に選んだこの言葉は、「低品質AI生成コンテンツへの批判」として生まれた。だが2026年、その判定は揺らいでいる。笑って、作って、流れに飛び込む側が正解かもしれない。

AIスロップとは何か ── 2つの辞書が揃って選んだ2025年の言葉

2025年末、英語圏の辞書界で前例のない一致が起きた。

Merriam-Webster(米国)は2025年12月、年間最優秀語(Word of the Year)に "slop" を選出した。定義は「digital content of low quality that is produced usually in quantity by means of artificial intelligence」——AIによって大量生産される低品質なデジタルコンテンツ、だ。Macquarie Dictionary(オーストラリア)も2025年11月24日に「AI Slop」を選出。こちらの定義は「low-quality content created by generative AI, often containing errors, and not requested by the user」——誤りを含み、ユーザーが求めてもいないAI生成コンテンツ。Committee's ChoiceとPeople's Choiceが同じ語に一致したのは、同辞書史上2年連続・4回目という異例の事態だった。

"slop" という単語は新しくない。1700年代には「soft mud(柔らかい泥)」を指し、その後「pig slop(家畜の残飯)」へと意味が広がり、「価値の低いもの、粗悪品」という用法が定着した歴史をもつ。その古い侮蔑語が、2025年にAI生成コンテンツへの批判語として再定義された。

現代的な定義を具体例で示せば——Sora・Midjourneyが生成した「ネコが包丁で玉ねぎを切る動画」「エビの足が生えたキリスト降誕画像」がその典型だ。ARTnewsがAIスロップ現象を報じた際に引用したこれらの例は、見る者を笑わせ、時に不快にさせ、しかし目を離せないという不思議な引力をもつ。「workslop」と呼ばれるビジネス文書版も存在する——AIに書かせた中身のない社内レポートや提案書が、誰も読まないまま会議室を流れていく現象だ。

2025年には派生語「slopper」も定着した。生成AIへの過剰依存で判断力を失いつつある人を指す軽蔑的な俗語だ。批判語として定着したこの言葉と、なぜあえて肯定的に向き合うのか。次章でその根拠を3つ提示する。

それでも楽しむべき3つの根拠

「AIスロップは低品質だ」という批判は正しい——少なくとも部分的には。だが「低品質だから価値がない」という結論に飛ぶのは早い。以下の3つの根拠は、その結論に待ったをかける。

変なCM・シュール広告の系譜の最新形

Tim Heidecker & Eric Wareheimという名前を覚えておきたい。Adult Swimの人気番組「Tim and Eric Awesome Show, Great Job!」を生んだこのコンビは、Super Bowl LVIII(2024年2月開催)でブランド史上最も奇妙なCMを生み出した監督たちでもある。

そのCMがCeraVeの「Michael CeraVe」キャンペーンだ。スキンケアブランドCeraVeの公式CMで、俳優Michael Ceraが「このブランドは私が作った」と主張しながら謎の行動を繰り返す——ナルワルと会話し、男性モデルの群れに囲まれ、「私のクリームで保湿させてくれ」と懇願する。CMの最後でブランドが「CeraVeは皮膚科医が開発しました」と静かに否定するオチ。TikTokで最も効果的なSuper Bowlキャンペーンと評価され(広告調査会社DAIVID調べ)、ソーシャルメディアで広く拡散されたキャンペーンだ(IMDb: tt32659377)。

Eric WarheimはLittle Caesarsのキャンペーン(2023年「Corncob Crust」、Cannes Lions 2024エントリー)でも同じ文法を使った。「コーンコブ型ピザ生地を発売する」という謎の発表を大真面目にCMで流し、のちに「冗談でした、プレッツェルクラストが本命です」と明かすもの。

こうした「わざと変なCM」は、2006〜2012年頃のSkittlesやStarburstの広告群にさかのぼる。「突然カウが喋り出す」「見知らぬ男性が肩をもみ続ける」という不条理な展開が「weird ad」というサブジャンルを形成し、当時の視聴者をざわつかせた。

写真家Lucas Blalockはその感性を美術の文脈へ持ち込んだ人物だ。大判カメラで撮影したフィルムをあえてクローンスタンプや消しゴムツールを露骨に残したPhotoshopで加工し、「間違えています」と宣言するような作品群を制作した。AIスロップが生む「ネコの手が6本ある動画」「テキストが溶けかけた画像」は、この「不完全さを称揚する美学」の最新形だ。

so bad it's good ── キッチュの正統継承

「キッチュ(Kitsch)」という概念を論じた最初の重要文献は、スーザン・ソンタグの「Notes on Camp」(Partisan Review Volume 31, Number 4、1964年初出、1966年 Against Interpretation に再録)だ。58項目の断章形式で書かれたこのエッセイは、「so bad it's good」という感性——「悪いからこそいい」——を文化批評の俎上に載せた。

Michael G Wagnerは2025年5月、「AI Slop Is the New Kitsch」(theaugmentededucator.com)でその接続を論じた。論旨はシンプルだ——「AIスロップ」と「キッチュ」は、どちらも文化的な境界線を引く役割を担う言葉として機能している。19世紀の工場量産アートへの批判として生まれた「キッチュ」が、ポップアートを契機として1960〜70年代に美術館入りしたように、AIスロップも同じ軌跡を辿る可能性がある。

Francesco D'Isaは同年12月、The Philosophical Salonに「The Idea of 'AI Slop' Is Slop」を寄稿した。「人類はいつも傑作ばかり作ってきたわけではない。ほとんどの場合、凡庸なものを作ってきた」——AIが低品質なものを生産すると驚くこと自体が的外れだ、という逆張りの論点だ。批評家が当初「低俗」とした文化を後になって認めてきた、という歴史パターンが繰り返されている。

ACM論文が示す3つの特性 ── 美的価値の学術的根拠

2025年12月23日にarXivで公開された論文「Why Slop Matters」(ACM AI Letters掲載予定。第一著者: Cody Kommers, The Alan Turing Institute, UK。共著者: Eamon Duede, Julia Gordon, Ari Holtzman他、計9名。arXiv:2601.06060)。

この論文はAIスロップを3つのprototypical properties(典型的特性)で定義する。

superficial competence(表面的能力): 「AIなしでは高い技術が必要と見えるが、実際には実質的な技巧・制作意図を欠く」。AIは「うまく見える」ものを大量に生産できるが、その表面的な巧みさの奥に職人的な意図はない——この構造そのものが、受け手を混乱させる面白さを生む。

asymmetry effort(非対称的労力): 「わずかなプロンプトで生成できるが、AIなしでは多大な労力が必要」。作り手のコストが限りなくゼロに近いのに、見る側が受け取る情報量は通常のコンテンツと変わらない。この非対称性が、旧来の「労力と価値の比例」という前提を壊す。

mass producibility(大量生産可能性): 「大衆向けデジタル生態系で量産・流通される設計」。テレビCMの時代には制作コストがコンテンツの量を制限していた。AIスロップにそのブレーキはない。

論文が主張する核心は「supply-side solution」論だ——「人々が消費したいニッチなコンテンツは膨大にあるが、人間がそれを供給しきれない。AIスロップはその経済学的ギャップを埋める社会的機能をもつ」。そしてもう一つ——「人々はAIスロップを意味生成の場として使うことができる。人間には、目の前にあるものを使って本当に重要なことを表現しようとする驚くべき能力がある」("people could use so-called slop as a legitimate site of meaning- and sense-making")。

学術的な文脈で意味が付与されつつある批判語——それが2026年のAIスロップの立ち位置だ。

2026年、AIスロップが「ノイズ」から「文化」へ

2-2節で示したキッチュの歴史パターン——「批判→嘲笑→正式評価」——は、AIスロップに重なる。

世界有数の消費者トレンド予測会社WGSNは、「Top Trends 2026」でAIスロップ美学をトレンドの文脈に取り込んだ。Vogue Business(2026年Fashion-Tech予測記事)がそれを報じた際、「ブランドが意図的にシュールな見た目に傾倒する(purposefully lean into the surreal)」という現象を取り上げた。批判されていたはずの「AIっぽさ」を、ブランドがあえて使い始めている。

その象徴的な事例がCoperni × BANDAI「Tamagotchi Swipe Case」だ(2025年3月、パリコレFall/Winter 2025、Hypebeast等複数メディア報道。公式プレスリリースは未取得)。機能するたまごっちを埋め込んだマイクロバッグ——ラグジュアリーブランドが『真面目に』90年代のおもちゃをファッションへ持ち込む転倒した姿勢こそ、シュールの定着を示すシグナルだ。

2026年の主張は慎重に提示したい。AIスロップが「ノイズ」から「文化」へと位置付けを変えるかどうかは断定できない。だが傍証は揃いつつある。キッチュが辿った軌跡、ブランドの「意図的シュール」志向、学術的議論の活性化——これらが重なるとき、2026年が転換点の候補として浮かぶ。

だから、いま作り手として参加しよう ── 現行ツール案内

「作り手として参加する」前に、ひとつ正直に書いておく必要がある。

AIスロップ動画を象徴するツールとして2025年末に登場したOpenAIのSora 2は、2026年4月26日にウェブ・アプリサービスを終了した(APIは2026年9月24日に終了予定。OpenAI公式ヘルプセンター「What to know about the Sora discontinuation」参照)。動画生成の経済的な現実(高い推論コスト・ユーザー減少・IPO戦略上の資源配分)を反映した判断と複数メディアが分析した。Disneyとの10億ドル規模の契約交渉が2025年12月に破談となり、月間アクティブユーザーが100万から50万へと半減していたことも背景にあるとされる。AIスロップを量産したツールが、AIスロップのように儚く消えた——これ自体が2026年の文化的な一コマだ。

だが、作り手として参加する機会はむしろ広がっている。代替ツールはSoraより使いやすく、無料枠が手厚い(2026年5月時点、各公式サイトで最新情報を確認のこと)。

Google Veo 3.1(動画生成)

GoogleのAI動画生成モデル。Google AI Studioでは無料枠での試用が可能。Google AI Pro(月額$19.99)ではVeo 3.1 Fastで月90本まで生成できる。音声・BGMも自動生成し、Soraより長い動画を出力できる。公式: deepmind.google/models/veo/

Kling AI 3.0(動画生成)

中国のKuaishouが提供するAI動画生成サービス。Soraの後継として複数のメディアが推薦。1日66クレジット(毎日リセット)の無料枠があり、マルチカット動画や音声付き動画に対応する。公式サイトで最新の利用条件を確認してほしい。

Midjourney(画像生成)

静止画のAIスロップを作るなら、Midjourneyが定番だ。Basic $10/月〜Mega $120/月(年払いで20%引き)の有料プランのみ。Discord + Web版対応。独特の「描きすぎた感」が、AIスロップ美学を出しやすい。公式: docs.midjourney.com

Nano Banana(画像生成)

GoogleのGeminiに統合された画像生成機能(モデル名: Nano Banana)。Google AI Pro(月額$19.99)に含まれており、個人写真や検索情報を活用したパーソナライズ生成が可能。公式: deepmind.google/models/gemini-image/

AI動画・画像ツールの詳細な比較はAI画像生成ツール比較も参照してほしい。AIツール全般の選び方についてはAIチャットボット比較が参考になる。

楽しむための鑑賞ガイド

作り手として参加する前に、まず「見る側」として慣れておくのもいい。

AI動画作品を探すなら、Reddit「r/aivideo」が入口として手頃だ。技術的に高水準な作品から実験的なものまで幅広く集まるAI動画クリエイターコミュニティで、スクロールするだけでAI動画の多様性を体感できる。X(旧Twitter)では「#AIvideo」「#AIart」のタグで探すと、毎日大量の投稿が見つかる。Coperni × BANDAIの「Tamagotchi Swipe Case」のように、AIスロップ美学をファッションに持ち込んだ事例もX上で多数流通している。

鑑賞の入口としてもう一つ試したいのが、「スロップか否か」の判断を棚上げにして見ること、だ。「これはAI生成か」「技術的に正確か」ではなく、「どこかズレた感覚が面白いか」という軸で見直すと、同じ動画の見え方が変わる。

ひとつ注意も書いておく。「AIスロップを楽しもう」という文脈で見落としやすいのが、著作権とディープフェイクの問題だ。実在する人物の顔を無断で使った動画、著名人の声を模倣した音声、既存アートワークの無断再現——これらはAIスロップという言葉で免責されるものではない。「飲み込まれる側」にならないためのリテラシーとして、生成する際の権利確認は怠らないでほしい。

もはやAIが生み出すものに、人間の理解は追いつかない。作っている側も、見ている側も、何が「いい」のかなんて誰も分かっていない。それでも流れは止まらない。どのみち分からないなら、岸から品定めしているより、本流に飛び込んでびしょ濡れになりながら笑った方がいい。それが2026年の正解だと、私は思う。

参照元

情報源リンク確認日
Merriam-Webster 2025 Word of the Year公式サイト2026-05-15
Macquarie Dictionary 2025 Word of the Year公式サイト2026-05-15
Kommers et al. "Why Slop Matters". arXiv:2601.06060(2025年12月23日公開、ACM AI Letters掲載予定)論文(arXiv)2026-05-15
WGSN Top Trends 2026(有料・直接アクセス不可、Vogue Business経由)トレンドレポート
Vogue Business「AI's Maturation Point and Cute Tech」記事2026-05-15
Michael G Wagner「AI Slop Is the New Kitsch」記事(theaugmentededucator.com)2026-05-15
Francesco D'Isa「The Idea of 'AI Slop' Is Slop」記事2026-05-15
CeraVe「Michael CeraVe」キャンペーンIMDb2026-05-15
Coperni × BANDAI Tamagotchi Swipe Case報道(Hypebeast)2026-05-15
OpenAI Sora廃止についての公式案内OpenAI Help Center2026-05-15
Google Veo 3.1 公式公式サイト2026-05-15
Google Nano Banana(Gemini Image)公式公式サイト2026-05-15
Midjourney プラン比較公式サイト2026-05-15
タグ:#ai-tools#AIスロップ#生成AI#AI動画#カルチャー